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ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)です。文春オンラインなどに執筆しているライターです。

神様同好会を立ち上げた理由とやめる理由

 

double-techou.hatenablog.com

  上記記事を昨日書きましたが、それに対して自分なりの説明を補足し、けじめとしたいと思います。

  1. 立ち上げた理由

 直接的には、前書いた通りで、意識が朦朧としていた時に、「お前はもう何もできないから自他を救うには神になるしかない」という声を聴いたことです。ただ、これは主観的体験ですから読者様には真偽を確かめようが無いですし、その声を受けてどう処理するかは私が意識的に判断したことですから、そこを中心に記述します。

 まず、その「声」を、化学物質による錯乱、または精神疾患の症状として捉えることもできました。また、仮に「上位存在からの啓示である」という宗教的な解釈を取ったとしても、それに従うかどうかを判断する権限は私に残されています。

 つまり私は、「声」を宗教的に解釈すること、かつそれに従うことが自他にとって良いという、ある意味プラグマティックな判断をして、教団を作りました。ですから、決定の責任は私にあります。

 2.挫折の原因

 宗教という形態が他の居場所に比べてどのような点で優れているかは、すでにいろいろな方が論じておられるので、本稿では触れません。逆に、神様同好会が設立当初の想定からどのようにずれ、継続が困難になったのかを記述します。

  • 教祖が見つからなかった

 私は無力で最弱だからこそ、存在するだけで恵みをもたらす神になるしかなかったというロジックでした。そうなると、神とは別に、教団を運営・拡大するための有能な教祖が必要になります。ところが、他人の下で他人が考えた教義に沿って教団を運営するなどというのは、たとえお金をもらったとしてもやりたくない、という人が100%でした。冷静に考えれば当然ですが、当時は集まると思って募集していました。

 結果として、教祖役も私が兼任することになってしまいました。しかし、教祖の仕事はどれも私が最も苦手とする部類のものばかりで、それらを無理矢理こなすために、自分を奮い立たせるために、ここには書けないかもしれないようなこともたくさんしました。結果として心身ともにボロボロになり、教義の「自分を大切にする」という条項に自ら違反することになりました。その時点でもはや神を名乗る資格は無いと思いました。

  • (おそらく)誰も私のことを現人神とは信じなかった。

 これも考えれば当たり前ですが、極めて重要なことです。神は、人々から信仰を集めて初めて神たり得ます。神を自称しているだけのおじさんはただのおじさんです。つまり私はただのおじさんです。逆に言えば、存命の人物で現人神的な扱いを信仰者から受けている人は、ものすごいキャズムを越えていることになります。どうやってそんなことが可能なのか、逆に知りたいです。

  • 宗教団体を運営することのデメリットが予想以上に大きかった。

 これは決定打になりました。私としては、神様同好会の集会やアカウントから一歩出れば、その文脈から完全に離れ、単なるダブル手帳という一人の人間になることができるという自己認識をしていました。そして、周りもそのように受け止めてくれていると勝手に思っていました。しかしそれは甘えでした。

 最近、神様同好会と全く関係ない文脈で読書会をした際、ある相互フォロワーの方から、「DMを見た時は、読書会と言いながら神様同好会に勧誘されるのではないかとかなり警戒した」と率直な感想をいただきました。その方が最終的に読書会に参加して下さっており、相互であることからも分かる通り、相当良い人で、私のことも信頼して下さっている人です。そういう人にすら、こちらが全く意図していない形で、恐怖を与えていたのです。では、ましてそこまで私に対する信頼度が高くない人が、どれほどの数、そっと、ミュートやリムーブをして、私から離れていったことでしょうか。その機会損失の大きさを考えた時、私は恐ろしくなると同時に、宗教団体を運営するということに対する覚悟を問われた気がしました。そして、私にはそこまでのデメリットを被ってでも続けようという度量はとてもありませんでした。

3. 今後について

 前記事で述べた通り、私は今後いかなる宗教、スピリチュアリズム、疑似科学等とも一切関りを断つつもりです。実は私の実家は寺で、同好会設立前は寺を継ぐことも選択肢にありましたが、それもはっきりと諦めることにしました。それが、一度神を名乗りながら撤回した人間にできる、せめてもの償いだと思っています。

 それでも、私に一度付いた「宗教勧誘する人」というイメージは簡単には無くならないと思います。それは、ライター活動の努力であったり、あるいは人格的な向上によって、一人一人から地道に信頼を取り戻していくしかないと思っています。

 最後に誤解の無いように言っておくと、私は決して宗教が悪いものだとは考えていません。私にはそれに関わるだけの資格が無かったというだけのことです。また、神様同好会に足を運んで下さった方には本当に感謝していますし、同時に申し訳なさも感じます。私にはもったいないくらい良い人たちばかりでした。願わくば、これからも大切な友達としてお付き合いいただければ、これに勝る喜びはございません。

 お読みいただきありがとうございました。

 

2019/11/20