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ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)。文春オンラインなどに執筆しているライターです。多くのヘルパーさんのお陰で、一人暮らしも気付けば10年を超えました。

鳥取県立バリアフリー美術館、ウォーホル、鳥取県立美術館

 今週「鳥取県立バリアフリー美術館」と「鳥取県立美術館」のそれぞれの担当課に問い合わせを行った。本稿ではその経緯とご回答、それに対する私の所感を述べたい。

【背景】

 2025年開館予定の鳥取県立美術館が『ブリロの箱』をはじめとするウォーホル作品を約3億3700万円で購入し、これが賛否渦巻く大激論に発展した。双方の主張は概ね以下のようなものと理解している。
〈賛成派〉全く問題ない。むしろウォーホルの価値も分からずクレームを付けるような無教養な大衆を生み出してきたことが嘆かわしい。文化政策の欠如のツケを如実に示している。
〈反対派〉ただの箱に約3億も使うなど税金の無駄遣いだ。もっと優先すべきことがあるはずだ。
 どちらも半分正解で半分間違いだろう。だからこそ賛否相半ばしているのである。

【私の一障害者としての疑問】

 本来は鳥取県の住民や行政が決める話であって私が口を挟む筋合いはないのかもしれない。しかし私の頭には全く別の疑問が浮かんだ。

 もし自分の手元に3億円があり「ウォーホル作品を買うか、地域の『障害者アート』を振興する基金を作るか、どちらかを選べ」と言われたらどうするだろう?

 鳥取県は前者を選んだ。私なら後者を選ぶと思う。その理由を以下で述べたい。ただしこれは決して鳥取県を悪者にする意図からではない。これは特定地域に固有の話ではなく全国共通である。

【鳥取県立バリアフリー美術館】

 むしろ私がこうした疑問を見出したのは、逆説的ではあるが鳥取県が優れた取り組みを行っていたからだ。それは「鳥取県立バリアフリー美術館」というサイトである。仮想空間に美術館を設け、様々な視点や角度から障害者アートを解説付きで見ることができるというものだ。大阪に住む私も含め、誰でもアクセスできる。そんな折にウォーホル論争を知り、頭の中の点と点が線になったのだ。

【障害者アートを取り巻く矛盾】

 障害者アートは口ではとかく絶賛される。「丁寧な書き込み」「大胆な線」「躍動的な構成」「常識に囚われない」「こだわりの美学」等々。にも関わらずタダ同然だという現状がある。殆どの場合、作者に還元される報酬などごく僅かだ。もし作業所の活動などの一環で描いたとすれば、通所費用の分だけ、逆にお金を払っているとさえ言えるかもしれない。従って、素晴らしい作品を作る才能ある障害者アーティストを制度的に搾取しているのか、それとも作品評価の方が口からでまかせのお世辞なのか、二つに一つということになる。

【鳥取県障害福祉課のお話】

 実際のところが知りたくて、3月20日(月)にバリアフリー美術館の運営元である鳥取県の障害福祉課にお電話した。担当者の方*1のお話はこうだ。

 障害者アートのデジタルアーカイブ化に際して、特に報酬はお支払いしていない。但しそれをこのバリアフリー美術館に展示する際には、一律5000円をお支払いしている。もし個人ではなく事業所を介している場合、作者にどの程度分配されているかは把握していない、ということだった。

 それはそうだろうと思う。この方に限った話ではないが、非常に真摯で丁寧かつ包み隠さず率直に話してくださった。また私の問題意識もある程度汲んで下さった。

「バリアフリー美術館の空間内で件のウォーホル作品『ブリロの箱』を見ることが可能になれば、非常に大きな意義や批評性があると思う」
という私の提案にも

「この『バリアフリー美術館』という名前には、障害者アートを展示するという意味だけでなく、アクセシブルな鑑賞体験への思いも込められている。だから実現すれば素晴らしいことだ」
という旨の前向きな意思を示してくださった。

 もちろん全て額面通りには受け取れないし、実現には様々な困難もあり時間もかかるだろうことは容易に推察できる。しかしながら「鳥取県立美術館の担当部局とも密に連携していきたい」旨は何度も強調されていた。行政職員が返せる言葉の中では最も誠実な部類に入ると思うので、この方にも厚く御礼申し上げたい。

【鳥取県立美術館の開館準備を担当する学芸部門トップのお話】

 その後、鳥取県教育委員会美術館整備局の尾崎信一郎美術振興監とも、2日後にお話できる運びとなった。私はその間に鳥取県立美術館のコレクション収集方針を読み込み、3月22日(水)のお電話に臨んだ。以下、私と尾崎様の論旨を交互に記述する。

●:私の論旨   ◇:尾崎様の論旨

●自分が理解できないからと言って、ウォーホル作品の価値を貶めるつもりは毛頭ない。
●しかし調べるとウォーホルの作品は既に日本に十数点あるようなので、これが誘客の目玉となる蓋然性は低いのではないか。
●鳥取県立バリアフリー美術館という素晴らしい取り組みがあるが、やはり他地域同様に作者への還元には課題があるようだ。
●鳥取県立美術館のコレクション収集方針を読むと、鳥取県在住の障害を持つアーティストの手による作品の方が、ウォーホルの作品よりも遥かに数多くの項目に該当するため相応しいようにも思える。
●結果論だが、一部でも障害者アートを購入、或いは振興する基金に使うこともあり得たのではないか。
●もちろん今から3億円を元に戻せないことは重々理解している。
●しかしそうした思考実験や振り返りをすることは、今後の資源配分の軸足の置き方を検討する上で役立つのではないか。

◇今のところ障害者アートに対応できる専門的な人材がいない。

●それは障害者アートとそれ以外のアートは基準の異なる別個のもので、前者に対しては福祉専門職的な視点に立って捉える必要がある、という趣旨か。
●しかし少なくとも成果物としての作品については、建前上は「両者は分け隔てのないものだ」と言う理念が社会で共有されているように思われる。
●他方で現実には待遇差が非常に厳然と存在している。
●私は「障害者アート」というカテゴリーを強化し、そこを集中的に特別扱いして欲しい、と言うつもりは全くない。
●そうではなくむしろ真逆である。そのような枠組みがもはや無意味で不必要なくらいの状態を達成するために、つまりあくまで「垣根を壊す」方に向かうためにこそ、初期段階には公が一定のモメンタムを作ることも必要ではないか。そういう趣旨で申し上げた。

◇私自身も、両者は別個のもので全く違う基準で評価されるべき、とか前者は後者より劣る、などとは全く考えていない。
◇そして仰りたいことの趣旨は非常に理解できるし共感もするものである。
◇先ほど人が居ないと言ったのは分離的な意味合いではない。
◇他方で、美術館のコレクションは一朝一夕に出来上がるものではないことも事実である。長い年月をかけてバランスを取りながら、じっくりと熟成させ作り上げていくものだ。
◇障害者アートは今の収集方針に合致しないから集めない、という訳ではない。
◇同じ収集方針に合致する作品をコレクションするにしても、色々な順序を採り得ると思う。
◇私共は今、これから美術館を新設しようと準備している段階である。
◇その中においては、ウォーホルもそうだが、まずはある程度評価の定まった作品によってコレクションの核となる部分を作りたいと考えている。
◇しかしだからといって、有名で高額な作品ばかりを今後も購入し続けるという訳ではない。
◇数十年単位では、貴方の仰っているような障害者アートも含めた、バランスの取れたコレクションが充実していくはずだ。
◇県立バリアフリー美術館で展示された作品を当館の方で購入・所蔵したり、あるいはその逆をやったり、といったことは非常に良い試みだと思うし、将来的に実現できれば素晴らしい。
◇何にせよ、垣根を取り払うような試みも両館の連携も当然やっていく所存である。

●非常に得心した。ただ公務員経験者としては、連携について2つ不安なことがある。
●まず、県立美術館は教育委員会所管だから教育長がトップであり、県立バリアフリー美術館は障害福祉課所管なので知事がトップである。
●また今は双方の担当者ともに素晴らしい方だと感じるが、担当者が変わるだけでいとも簡単に全てが台無しになりうるのも役所の特徴である。

◇ご懸念はもっともだ。ただ、私はおそらく今後数年はこの任にあたると思うし、県立バリアフリー美術館に関する会議体のメンバーでもある。今日のお話もそこで共有させていただくつもりだ。
◇長い目で見ていただければ幸いである。

●今後も注目していきたいし、県立美術館が開いたら是非行ってみたい気持ちになった。お忙しい中、親切かつ丁寧な対応をいただき、感謝申し上げる。

【所感:鳥取は電話対応に優れた県】

 今まで様々な問い合わせを行ってきたし、問い合わせを受ける身になったこともある。だから確定的なことなど言えないのは重々承知している。その限界の中でも、お二人には最大級の誠実な対応を頂いたと思う*2。そもそも今回は言質を取るために電話した訳ではない。障害当事者であり、かつ多少の取材経験もある身として、何か社会の役に立てないかと思って意見交換をさせて頂いたに過ぎない。
 言うまでもなく、私は強い利害関係を持つ立場にはない。アートについても何ら専門的な教育を受けてはいない。従って、注目は続けていくが、とやかく口出しするつもりは全くない。
 私の提起した考え方や方向が良いか悪いか? 仮に良いとすれば実際にそのようになっていくのか? 両部局の今後の事業の内容はどうか? それらの是非を直接判断する権利があるのは、鳥取県に住む障害当事者、アーティスト、有権者たちである。本稿がそうした方々の議論の材料として少しでも役に立つなら、これに勝る喜びはない。
 末筆ながら真摯にご対応くださった全ての鳥取県の職員の皆様に対し厚く御礼申し上げたい。ありがとうございました。

*1:この方の職階が分からないのもあって、本稿にお名前は書かないことにする。後述する尾崎信一郎美術振興監は、既に朝日新聞で氏名も肩書きも明らかにされていたため、本稿でもそれに倣った。

*2:お二人だけでなく取り次いで下さった何人かの職員さんも皆丁寧でした。