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ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)。文春オンラインなどに執筆しているライターです。多くのヘルパーさんのお陰で、一人暮らしも気付けば10年を超えました。

入力と出力を繋ぐモノ ~自動運転車には車椅子で乗れるのか?~

労働移動のコスト

 いつの時代にも斜陽産業と成長産業がある。前者は人手が余り、後者は人手不足になる。近代経済学の理論上は、労働市場の働きによって前者から後者へと自然に労働者が移動することになっている。

 だが、当然ながら現実はそう単純にはいかない。前者と後者では課される労働の中身が違うからだ。石炭を掘る仕事と再生可能エネルギーを作る仕事は違う。ガソリン車を作る仕事と電気自動車を作る仕事は違う。事務の仕事と介護の仕事は違う。会計士の仕事とプログラミングの仕事は違う。

 従って、新しい仕事を身につけるためには時間や労力がかかる。また過渡期には多くの人々が解雇や失業の憂き目に遭う。このいわゆる「労働移動のコスト」をいかに小さくするかというのが、古今東西、常に大きな課題となる。

 解決策の一つとして、職業訓練によって新しい技能を身に付けてもらうという道がある。多くの政府がその費用を補助することで労働移動を促してきた。

<労働者と労働のインターフェイス>

 しかしこれからの時代は違った発想が出てくるだろう。製造工程や仕事の手順などを労働者に合わせるように工夫するという考え方だ。つまり「労働者の主観的感覚としては今までと同じ馴染み深い作業(入力)をしていながら、結果的に出力される成果物は全く新しいものになる」ような関数があれば良いのである。

 具体的には、石炭を掘るのと同じ動作で再生可能エネルギーが生産されたり、ガソリン車を作るのと同じ感覚で電気自動車を作れたり、表計算ソフトを使うような感覚で動かせる介護ロボットであったり、会計ソフトを使うような感覚でスクリプトを書けたりする。そういったシステムが理想だ。

 荒唐無稽な話だと思われるかもしれない。だが今までの仕事と完全に同じにはできないにせよ、近似させようとすることはできる。そして「その努力をした企業ほど労働力の獲得において有利になる」というインセンティブがある。これは労働者の立場で考えてみれば当然だ。慣れない作業より慣れている作業をしたいという人の方が圧倒的に多いだろう。

 「AIが人間の仕事を奪う」と喧伝され始めて久しい。しかし、むしろそういった革新的技術は、何よりもまずこの変換を可能にするためにこそ真っ先に使われるべきだ。つまり、単に出力が新しい時代のニーズに対応しているだけでなく、入力の方法もまた人間(労働者)の事情に合わせた「優しい装置」の開発である。科学技術の絶大な威力は時に人間の仕事を奪いもするが、その力を使って人間に仕事を与えることもまた可能なのではないか。

入力と出力の媒介

 このような入力と出力を媒介する仕組みが決して空論ではなく現に重要である事を示すために、大きく3つの実例を挙げたい。

<接客ロボットによる労働参画>

 つ目は吉藤オリィ氏が開発した 接客ロボット『OriHime』である。殆ど労働力と見なされてこなかった寝たきりの人達が、視線や指先の動きによってロボットを操り接客サービスを提供する、というものだ。これまでは彼らの「視線や指先の動き」という入力と「接客サービス」という出力を媒介する物が無かった。その入力と出力は変えずに、間に接客ロボットという回路を噛ませることによって、両者を結ぶ新たな対応関係を作り出したわけだ。言い換えれば、特定の行為(この場合、広義には「労働」、狭義には「接客」ということになる)から疎外されていた人を包摂したのであり、その意義は大変大きい*1

【入力と出力を結びつける画期的な実例】*2

家でゲームを遊ぶような感覚で万引きを遠隔監視するシステム
◆戦争をゲームのような装いに作り変えることで、兵士のストレスを軽減したり、訓練や採用活動にもゲームを積極的に活用したりする米軍の取り組み*3

<車をハンドルで動かし続けるために>

 つ目は既に殆どの車に搭載されている機能だ。実は、今の車は高度に電子制御化されており、昔のようにハンドルの動きによって直接動かされているのではない。ハンドルの動きは一旦全てデジタルな電気信号に変換され、その情報にコンピュータによる複雑な演算処理を施すことで、従来のハンドルの操作性を擬似的に再現しているのだ*4

 つまりハンドルにはもはやユーザーインターフェイスとしての機能しかないことになる。だから技術的には、ハンドルではなくジョイスティックでもタッチパネルでも構わない筈だ。では何故その中で敢えてハンドルが採用され続けているのか

 最大の理由は、圧倒的大多数の人が車を運転する動作として一番慣れ親しんでいるのが、ハンドルによる操縦だからだろう*5。商品は消費者の便宜に合わせて設計した方がよく売れる。故に、作動する機序は丸っきり変わっているにも関わらず、ハンドル操作という消費者の入力は変えなくて済むように作ってあるのだ。

【従来と同様の入力→出力の対応関係を、新しい技術で擬似的に再現した例】

◆電子ピアノをグランドピアノの操作感に近づけようとする試み*6
◆PCと接続して使うDJコントローラー。ターンテーブルでスクラッチすると全て電気信号に変換されてPCで処理され、本物のレコードさながらの音色を奏でることができる。*7

<ユニバーサルデザインと技術的進歩との隔たり>

 つ目は、上記2つの事例を裏返して考えてみたい。つまり「技術革新は必ずしも少数者にとってのバリアを取り除くとは限らない」ということについてである。ここでは障害者を例に説明したい。

 先程、入力と出力を結びつける回路の誕生によって障害者に新しい労働参画への道が開かれた事例を挙げた。しかしこれは「技術的に可能なら勝手に実現していく」という性質の事柄では全くない。

 入力と出力を結ぶ技術の中には、障害者にとって確実に有益だと分かっていながら、現実にはアクセスできないという例が幾らでもある。今の車が電子制御であることは上述したが、それはつまり「電動車椅子のまま乗り込み、電動車椅子と似た感覚でジョイスティックによって運転できる車」は技術的には製造可能だということだ*8。しかし実際は殆どの車はそうなっていない。

 それを象徴する事実がある。「車を障害者が運転できるようにする」ための装置の中には、車の制御機能に直接アクセスするのではなく、既存のハンドルに取り付けて間接的にハンドルを動かすことで駆動させるものが多いのだ*9なぜこんな奇妙で迂遠なことになるのか。言わずもがなだが、この装置を作った会社は何も悪くない。本質的な問題は、コスト面などを優先するあまり、そもそもの自動車の標準規格が車椅子ユーザーによる運転を想定せずにデザインされている点だ。

<自動運転車には車椅子で乗れるのか?>

 私は今まで運転免許を取らないまま生きてきた。車椅子一人で乗降も運転も完結できる車が主流になるよりは、自動運転が普及する方がまだ現実味がある、と考えたからだ。実際、下記の記事の筆者はその条件に合う車を散々探し回ったものの見つからず、最終的には自力でオリジナルの装置を作る(!)羽目になっている。

www.asahi.com

 私はこのような現状に嘆息しつつ「早く自動運転の時代が来て、車に乗れたら良いなあ」などと呑気な期待を抱いていた。だが冷静に考えればその自動運転車にしても、コスト面等の関係上、車椅子単独での利用など全く想定していないデザインが主流になる可能性は高い。車椅子では乗れない自動運転車…… そうなってしまえば私は結局車に乗れないままだ。

 従って、障害者の側も「新技術がバリアを自動的に解消してくれる」という受身の姿勢でいてはいけない。ISOやJISやJASOといった標準規格を策定する場により一層積極的に参画していかない限り、何十年経とうが、いくら技術が進歩しようが、一向にバリアは解消されず、同じことが繰り返されるだろう。

 ユニバーサルデザインというものは勝手に達成されるものではない。勝ち取り、守るものであり、常に主張し続けなければ瞬時に後回しにされるものだ。私も将来世代に責任を負う一人の障害者として、こうしたプロダクトデザインの議論には積極的に関わっていきたいし、その義務があると思っている。

まとめ

<設計の恣意性>

 この3つの事例に共通して言えるのは「入力と出力を媒介するシステムは決して価値中立的なものではない」ということだ*10。その有り様如何によって、特定の行為(ある入力をしてある出力をもたらすこと)から疎外される者も出てくる。また仮に行為にアクセスできたとしても、それを実行するシステムを難なく使いこなせる人と非常に使いづらく感じる人が必ず居る。その場合、前者に有利に設計されたシステムだということになる。つまり前者を後者より優先させるという価値判断が刻み込まれているのだ。恣意性から完全に自由な設計などは存在しない。

<2020年代の世界と工学を巡る闘争>

 私は主に物理的な「入力」と「出力」の対応関係、及びそれを媒介する装置やソフトウェアなどの設計に着目することは、経済格差や労働問題からマイノリティの包摂に至るまで、幅広い分野の社会課題に横串を通して捉えるための有益なフレームワークたり得ると考えている。

 もしかしたら、これは科学哲学者や工学者などの間では既に散々議論し尽くされたことなのかもしれない。車輪の再発明に過ぎないのかもしれない。

 だが仮にそうだとしても、2020年代にはこういった概念が今までの範囲を遥かに超えて広がるのではないだろうか。ますます社会課題が複雑かつ広範になり続ける今日、多くの人々がよりシンプルかつ明快に世界を把握するためのモデルを切望しているからだ。

 どんなモデルであれ、それが「発見された」後に待ち構えているのは、その土俵の上での熾烈な闘争だ。問題はその中で最も熱いのはどの土俵か、である。皆さんが今最も注目しているのはどんな土俵だろうか。

 私は断然「工学を巡る闘争」を推したい。

*1:もちろん「労働を是とする社会体制に動員されていくのだ」という見方も可能である。

*2:これらを倫理的に擁護する趣旨ではない。念のため申し添えておく。

*3:「まるでゲーム」、ジョイスティックが変えた米軍のアフガン前線

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*4:次期型エクストレイルはRAV4に勝てるのか? 王者に勝つための戦略とは?? - 自動車情報誌「ベストカー」

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*5:最初に車にハンドルが採用された際の理由や歴史的経緯などは、これとはまた別の論点になる。

*6:【2021年冬 最新版】失敗しない『ピアノに近い電子ピアノ』選び方をピアノインストラクターが教えます|おススメ電子ピアノを徹底解説 - イオンモール千葉ニュータウン店 店舗情報

ヤマハ、グランドピアノの表現可能な電子ピアノ

*7:【DJ初心者講座】DJコントローラーのはじめ方!DJ機材の違いを解説! - 梅田ロフト店 店舗情報

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*8:車椅子仕様ではないが、ジョイスティックで運転するEV車は実際に開発されている。この試みには注目したい。→ハンドルではなく、ジョイスティックで運転する「Prophecy」 - ヒュンダイが追加情報を公開 [えん乗り]

*9:ジョイスティック運転装置|株式会社 ミクニ ライフ&オート

ハンドル旋回グリップ装置取付サービス!片手でハンドル操作

*10:あまりに自明なことなので本稿では触れなかったが「何を出力と見なすか」という部分にも当然、価値判断が絡む。