ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)です。

「ぼっちの会」の挫折

 この記事は、2018年11月の京都大学NF祭で販売された「サークルクラッシュ同好会会誌7号」に寄稿した文章と基本的に同内容である。

 

 本稿では、私が大学時代に「ぼっち」を支援する活動を行った経験について述べる。加えて、サークルクラッシュ同好会(以下サークラ)との比較を通じて、サークラの優位性を明らかにする。

「ぼっちの会」設立までの個人的経緯

 大学入学当初の私はやる気に満ち溢れていた。大学で人脈を作りまくって脱オタしてリア充になるぞ。そこで参加できそうなありとあらゆる集まりに参加した。ところが対人経験の乏しい私はどの集団にも全く馴染めなかった。そもそも、集団では自分がいつ発言して良いのかすら分からなかった。自分が発言することによって会話の流れを止めてしまうことが怖くて、ただ曖昧な笑顔を浮かべて頷いているうちに終わってしまう。周りの人達も何となく私のことを扱いかねている感じがして、いつも消えてしまいたいという思いに駆られていた。重度障害者という見た目が引き起こす心理的バリアや、今から考えると発達障害の影響もあったかもしれない。とにかくそんな状況では何も楽しくないので、自然と集団からは足が遠のき、リア充化計画は早々に放棄することになった。

 私はもう少し馴染みやすそうな環境として、ボードゲームサークルに入った。ここはとても良かった。オタクばかりで馴染みやすかったし、障害のある私にも皆優しかった。だが、私はゲームをうまくプレイできなかった。周囲と同じペースでやろうとするとゲームを壊すような大チョンボを連発し、まともにプレイしようと思うと周囲の三倍ぐらい長考して場の流れを止めた。この原因が私の天性の頭の回転の悪さなのか、マルチタスクができないという発達特性なのか分からないが、とにかく皆に申し訳ないという気持ちばかりが募った。気付けばこのサークルにも行かなくなっていった。

 こうして晴れてぼっちになってしまった私は、一年時の秋、「集団に馴染めずにぼっちになっている人は他にもいるはずだから、ぼっち同士で集まったら良いのではないか?」とヤケクソ的発想に至る。これが「ぼっちの会」設立の経緯である。

活動の元となる思想

ぼっちの定義

 ここでは、ぼっちを「友達が一人以下」と定義する*1。友達が一人では、遊びに行くにしろ頼みごとをするにしろ、その一人の友達に負担が集中する。また、ぼっちのほうでもそのことで遠慮がちになるため、関係が長続きせず、日常生活に支障をきたしやすい。なお、ここでは友達を「二人きりで遊びに行ったり、昼食をとったりできる人間」と定義する。これは、私が集団が非常に苦手で1対1のコミュニケーションしかできなかったことや、1対1の付き合いだけが本物の友達関係だと考えていたことが大いに影響している。

ぼっちになる理由

 大学での人間関係の構築については、サークルが主な役割を担う。裏返せば、サークルに馴染めなかった場合、友達作りは困難を極めることになる。また、一年生の夏休み以降に新しいサークルに入ることは非常に高い心理的ハードルを伴うため、一年時のスタートで躓いた場合、取り返しがつかないことになる。

 では、何故サークルに馴染めないのか。サークルというのは、集団である。メンバーがサークル以外の場所で遊ぶ場合でも、なかなか二人で遊ぶという雰囲気にはならず、集団で遊ぶことが多い。集団から友達を作るためには、まず集団という一つの「生き物」の中でうまくやり、それと並行してメンバー個々人と関係を築いていくという非常に難度の高いマルチタスクをこなさねばならない。ところで、集団でのコミュニケーションと1対1のコミュニケーションでは、要求される能力がかなり違うのではないか。会話に入っていくタイミングが掴めない、声が通らない、話を振ってもらえないといった問題は集団でのコミュニケーションでしか起こり得ない。私のように、1対1なら気後れせずにしゃべれるのに集団ではほとんど喋れないという人は相当数いるのではないか。しかしそういう人であっても、集団に馴染めない以上、1対1の友達関係もできることはない。私も入学直後は積極的に色々な集団に顔を出したが、友達は一人もできなかった。

 また、大学は高校と違い、放っておいたのではぼっち同士が結び付きづらい。これには理由が三つある。第一に、大学では互いに一人前の大人であるという暗黙の了解がある。例えば、ある場所にぼっちが二人いて互いに声を掛けたくても、相手は一人前の大人だと思うと気安く話しかけることができない。第二に、相手の人柄がよくわからない。高校では皆がクラスという同じ場所で過ごすし、発表などで喋る機会も頻繁にあるため相手の人柄を多少なりとも知ることができる。しかし大学ではそのような仕組みがない。第三に、好きで「ぼっち」でいるのかどうかが分からない。高校でぼっちでいると犯罪者のような目で見られるため、ごく一部の例外を除いてぼっちから脱却したいと思う人が大半である。しかし大学ぼっちは世間的な風あたりに限って言えばそこまでつらいものではないため、当然好きでぼっちをやっている人もいる。また、ある場ではぼっちに見えても別の場では全然ぼっちではないかもしれない。もしそういう人達に声を掛けてしまったら迷惑になると思うと、声を掛けづらい。

何を目指すのか

 第一に、ぼっちが1対1で付き合える友達を作れる場とすること。一人、ないしは二人でも1対1で付き合える友達ができれば、それを核として行動の幅は大きく広がる。その関係をてこにして、一人では参加しにくい団体、イベント、集団に飛び込むことでさらに友達を増やしたり、集団アレルギーを克服していくこともできる。そこで傷ついても慰め合えるというのも、人間関係のチャレンジをする上で大きな手助けとなる。また、勉強や単位など実利的な面でも協力の可能性が出てくる。

 第二に、ぼっちである自分を責め、苦しんでいる人が、同じような境遇の人に出会うことで自己肯定感を取り戻してもらうことである。同じぼっちでも、「ぼっちの自分はダメだ」と思っている状態と「ぼっちでも楽しく生きられればいいんだ」と自己肯定できる状態では、後者の方が圧倒的に幸福と言えるだろう。

 活動前期では第一の方向性、活動後期では第二の方向性に力点を置いた。しかし両者は互いに矛盾する方針ではなく、どちらも大事なことだと思っている。両者に共通するのは、「ぼっちをしばいてコミュ力を高めさせる」という方向性は絶対に採らないという意思である。ぼっちを劣位に置いて何かを強制的に押し付けることは絶対にしたくなかった。理由としては第一に、自分自身がぼっちなのでそんなことをされたらとても嫌だし逆効果になってしまうと思ったから。ただでさえ低い参加者の自己肯定感をズタズタにするだけに終わる可能性がある。第二に、「ぼっちが頑張ってコミュ力を高めるべきだ」というアプローチは世の中に溢れており、自分が改めてやる必要性を感じなかったから。もちろん、ぼっちが自ら自己啓発本セミナー等によって自らを変えようとすることは全く否定しない。そういう方向性もあるだろう。だが少なくともそれは人に強制されてやるようなことではないはずだ。私はぼっちが背伸びせずありのままで幸せになれる仕組みを作りたかった。

1対1主義

 集団ではなく1対1でのコミュニケーション、人間関係を非常に重視する。

 上述のように、大学では集団がコミュニケーションの単位となり1対1の付き合いができる場がないことが私のようなぼっちを生み出すと考えていた。そのため、1対1のコミュニケーションができる場、また1対1の友達関係が生まれる場をデザインしたかった。

ぼっち純血主義

 私の活動には、可能な限り私が考える「ぼっち」の定義に当てはまる人、少なくとも友達が少ないという同じ悩みを持つ人だけに参加してもらいたいと考えた。この純血主義の根っこには私の高校時代の経験があった。

 私は高校1年生の時人気者と仲良くなり、その人も非常に良い人であったが、関係は長続きしなかった。この理由は、ぼっちと人気者の温度差にあるのではないか。ぼっちにとってはその人気者との人間関係が全てであり、感情的、時間的リソースを全て注ぎ込むことができる。これに対し人気者にとってのぼっちは、いくら大切に思っていてもワンオブゼムであり、ぼっちのためだけに時間を割くことはできない。従って、ぼっちが人気者を遊びに誘っても応じられなかったり、逆にぼっちを集団に誘うことになる。この温度差は当然ぼっち側にも伝わり、ぼっちの方も段々と遠慮がちになって関係は自然消滅する。

 一方で、内向的性格で、高校時代に私と同じくぼっちだった友達とは、高校3年間のみならず25歳になった今でも付き合いが続いている。

 以上の経験から、当時の私は「ぼっちはぼっちとしか友達にはなれない」という固い信念を持っていた。互いの持つ人間関係の総量が違い過ぎる者同士は、安定した友達関係を築けないのだ。

設立までの動きと活動の形態

 私が最初に構想したのは、友達版出会い系サイトのようなものを作ることだった。運営者側は登録者がその大学の学生であることやぼっちであることを担保し、場所を決めて引き合わせる。できれば趣味、学部、出身地なども聞いて最適なマッチングを行う。今から考えるとSNSを使えば個人でもそのようなことはいくらでも可能だったのかもしれないが、当時の私はSNSはぼっちが使うにはハードルが高いものだと考えていた。そこで、もっと自動的かつ制度的にぼっち同士を引き合わせる仕組みが必要だと思った。

 とはいえ、個人でそんな活動をしても怪し過ぎて誰も近寄らないだろう。カルト団体と思われるのがオチだ。そこで、大学のお墨付きを得て大学主催の活動として行えば信用力を得られると考え、色々な学生の活動を支援しているT先生に話を持ち掛けた。私は、ぼっちを苦にして休学したりカルト団体に入る事例がいかに多いか、そういった事を未然防止する活動がいかに大学に大きな利益をもたらすかを力説した。T先生の回答は「流石に出会い系のようなことを大学の名で行うことはできないが、趣旨自体には賛同するので別な活動なら大学の名の下に行ってよい。責任は私が取る。」という、非常に寛大なものであった。こうして、大学主催で活動していくという一つの基本方針が固まった。このことはその後の活動を良くも悪くも規定していくことになる。

活動前期(ボードゲーム

 友達版出会い系という構想が早々に封じられてしまったため、何か代替案を出さなければならなかった。そこで、ボードゲームサークルにいた経験を活かし、ガイスターという二人対戦ゲームをたくさん並べて遊んでもらう会を開くことにした。二人対戦ゲームというところがミソである。これならば自然と1対1でコミュニケーションする状況に持ち込めると思ったからである。大学の全面的なバックアップを得た私は、全学一斉メールという強力な宣伝手段を使うことができた。そのおかげで毎回参加者集めには殆ど苦労しなかった。

 この時期苦慮していたのは、ぼっち色をどの程度前面に出すかということだった。ただ単に「ボードゲームをする会です。」と告知すれば、ぼっちとは関係ないボードゲーム好きばかりが集まってしまい、本来目的とする層にリーチできない。かと言って正面から「ぼっちのための会です。」と告知すれば、「会に行くこと」=「ぼっちというスティグマを背負う行為」になり、行きづらい。当時の告知文書を読み返してみると、このジレンマの間で苦心していた形跡が伺える。例えば、「複数名での参加はご遠慮ください。」などと注意書きをしてある。これは、友達連れの集団の存在がぼっちに心理的圧迫を加えることを防ぎ、会場では一時的に皆を対等なぼっちにすることで、相対的にぼっちが居やすい環境にすることを志向して書き加えた文章であった。

 さて、実際に参加者としてぼっちを集められたのかについては、何とも言い難い。注意書きにも関わらず友達連れで参加する人や、単にボードゲームが好きで来たいわゆる「リア充」のような人が多かったのは事実である。一方で、明らかにぼっちっぽい学生も一定数来てくれていた。従って、このままボードゲーム会を長く続けていくことで、ぼっちも含めた幅広い層に居場所を提供していくという道も今から考えると十分あり得た。にも関わらず、当時の私はこのボードゲーム会を「失敗」と総括し、数回で開催を打ち切った。

 理由は二つある。一つ目は「ぼっちのための活動なのだから、とにかくぼっちだけを抽出して集めなければならない。」というぼっち純血主義である。この考え方のせいで「幅広い層が集まる中でその中に結果として一定割合のぼっちが含まれれば良い。」というような柔軟な発想ができなかった。二つ目は、結果を焦ったこと。よく考えれば、一回や二回ボードゲームで対戦したぐらいですぐに仲良くなって連絡先を交換したりするわけがない。長期間定期開催を続けていく中で、徐々に安心できる居場所として認識されていき、参加者の中に少しずつ顔見知りが増えていき、徐々に互いに言葉を交わすようになり、次第に意気投合し…という段階的なプロセスが必要である。ところが当時の私は「ボードゲームをするのが自己目的化して参加者間の活発なコミュニケーションや連絡先交換に繋がっていない。よって無意味である。」と性急に結論付けてしまった。

活動後期(自助グループ、多目的沈黙室)

 ボードゲーム会が行き詰まっていた頃、新しく活動を手伝ってくれるようになった女性から「自助グループをやってはどうか。」と提案を受けた。その人によれば、自助グループという活動形式は元々アルコール依存症者の家族や友人が集まる当事者会で行われてきたものらしく、それをぼっちにも応用しようということになった。ボードゲーム会の時の反省から、よりぼっち純血主義を推し進める意図を込め、イベント名は直球で「ぼっちの会」と表に出していくことにした。そこで以下のような内容を数回にわたって開催した。

  •  友達がいないと感じる辛さを抱えている人が孤独感について話す会である。
  •  円になって座り、一人ずつ均等に時間を割り振り、時間内で好きなだけ好きなことを話す。聞いた内容は会の外では口外禁止。
  •  参加者は言うだけ・聞くだけである。互いにコメントはしない。

 こうしてみると、最近流行りの当事者研究に極めて近い形式を持っていることが分かる。違いと言えば、互いの発言に対してコメントせず、「言いっぱなし・聞きっぱなし」が是とされていることぐらいだろうか。これは、攻撃や批判に晒されず安心して発言ができることをより重視しているためと思われる。

 この自助グループ形式の会は概ね好評であった。ぼっちが一同に会することによって「ぼっちは自分だけではないんだ。」と思えるというだけでも、参加者にとってはとても心が軽くなる体験であるようだった。参加者からの感謝の言葉をたくさん貰い、この自助グループはもっと続けていきたいと強く思った。

 この時期に取り組んだもう一つの活動として「多目的沈黙室」がある。これは昼休み中、一教室を借り「食事、勉強、読書など自由に使ってよいが、私語だけは禁止」の部屋として開放するものである。この活動の目的は「ぼっち飯と便所飯の廃絶」である。 ここで、ぼっちの立場からぼっち飯というものについて考えたい。そもそもぼっち飯は何故辛いのだろうか。それは「一人で昼食をとらなければならないから」ではなく「一人で昼食をとっている状態を多くの人に見られることで『あいつは一緒に昼食をとる相手も居ない駄目な人間だ』と思われるのではないか、と不安になるから」である。だからこそ、多くのぼっちは人目を避けわざわざ便所という不衛生な場所で食事をとるのである。ならば全ての人が黙々と自分の好きなことをしている部屋があれば、その中で一人で昼食をとっても浮かず、スティグマを感じなくて済むのではないか?と考えて作ったのが多目的沈黙室であった。しかしこの試みは参加者数の面からも実際の部屋の騒がしさの面からも惨憺たる結果に終わった。失敗の要因としては広報不足や趣旨が理解されづらかったことなどが考えられる。

後継者問題、大学との溝、そして自然消滅

 大学3年時になると、私も就活や公務員試験対策などで忙しくなり、「ぼっちの会」に割く時間の長さを負担に感じ始めた。いずれにしても、私が卒業するまでに何としても後継者を見つけなければならない。そこで約半年にわたって手当たり次第にビラを配りまくったが、後継者はとうとう現れなかった。

 焦った私は、「ぼっちの会」を大学の責任で永続的に運営できないか交渉した。今までは大学主催の活動と言っても実際に運営を取り仕切っていたのは私であった。それを、これからは大学の人的リソースと予算を割いて制度的に存続させてくれというお願いである。当然ながらそんな都合の良い要求が通るわけがなかった。さらに悪いことに、「ぼっちの会」に多大な協力をして下さっていたT先生が他大に移ってしまっていたため、大学の態度は硬化する一方であった。具体的に言えば、T先生が居た頃には簡単に認められていた全学一斉メールによるイベント告知、会場の提供、大学が後援している旨の記載といった事すら徐々に認められなくなっていった。こうしてあらゆる手立てを失い疲弊しきった私は、結局「ぼっちの会」を自然消滅させるしかなくなったのだった。

失敗要因の考察

 ぼっちのための活動が失敗した要因として考えられるものをいくつか挙げてみたい。

  1. ぼっち純血主義…まず、「ぼっちはぼっちとしか仲良くなれない。故に参加者には純粋なぼっちだけを集めなければならない。」という考え方がそもそもの間違いである。確かに高校のように閉鎖的で巨大な1つの「場」しかない環境においては、前述したように友達数が同じくらいの者同士しか友達になりにくい傾向はある。その結果友達数をもとにしたスクールカーストができあがる。しかし大学や社会には無数の「場」がある。講義ごとのクラス、ゼミ、無数のサークル、地域団体、ボランティア団体、バイト先、ネット上の繋がり…etc。これらにそれぞれどの程度コミットしてそこでどのような役割を担うか、自在に調整することができる。ある場ではリーダー、ある場では普通の人、ある場では孤独というようなことも当然有り得るだろう。従って、「ぼっち」や「人気者」といった高校までの一元的な枠組みを大学以降の人間関係に適用すること自体がナンセンスであると言える。にも関わらず、「ぼっち問題」で多くの大学生が苦しんでいるとすれば、それは何故なのか?大事なのはその問いを深く掘り下げ、「ぼっち」という言葉によって、コミュニケーションや対人関係に困難を抱える多様な人々を包摂する事であって、「ぼっち」の客観的な定義を考えることではない。「ぼっち」とはそもそも主観的な自認に基づく概念であり、正確な定義などできないからだ。もちろん、「純粋なぼっち」などという概念がいかに馬鹿げているかは言うまでもないだろう。ところが、一度「純粋なぼっち」という概念に憑りつかれると、自分の中の基準に合わない者を「ファッションぼっち」として排除していくことになる。こうした原理主義的な先鋭化は活動の広がりを自分から潰し、袋小路に追いやる愚行である。
  2. 後継者の不在…「ぼっちの会」の直接的な消滅原因は後継者の不在であった。では何故そのような事態に陥ったのだろうか。端的に言えば、「団体の運営に関心を持つ(またその能力を持つ)層」と「ぼっち問題に関心を持つ層」が全く被っていなかったからだろう。団体を運営できるようなコミュニケーション能力のある人なら、「ぼっちの会」などという暗そうな団体よりも、もっと楽しそうだったり就活でアピールできたりする活動に心惹かれるだろう。私自身、「ぼっちの会」の運営は楽しさより苦痛の方が圧倒的に大きかったし、就活でも全く評価されなかった。逆に、「ぼっち問題に関心を持つ層」は「ぼっち」を自認する人が殆どであり、そんな自分が団体を運営するなど想像もできないということなのかもしれない。
  3. 大学への依存…Twitterで同時期に流行した多くのいわゆる「ぼっちサークル」とは異なり、私は一貫して大学の名前と権威を利用しつつ活動してきた。これには告知手段として全学一斉メールが使える、怪しい活動と思われずに済む、などの多くのメリットがあった。一方で、同じくらい多くのデメリットがあった。まず、大学の公的な活動として行う以上、当初構想した友達版出会い系のような過激な活動や、参加者が見込めない実験的なイベント、SNSを利用したふざけた宣伝などは当然できない。宗教や政治系のカルト団体が入り込んでこないかといったことにも必要以上に神経質にならざるを得ない*2つまり、大学の後ろ盾を得るということは、大学として責任を取れないと判断されたことは全て禁止されるということでもある。もう一つのデメリットとしては、活動の安定性が大学に左右されることが挙げられる。私の場合、最大の理解者であったT先生が他大に移り、全く理解の無い人が後任になったため、活動の前提にしていた大学からの支援がほぼゼロになってしまった。学生活動を支援するためのリソースは多くの大学で削減されていく傾向にあると考えられる。従って、これから大学をあてにした活動を始めようとする人は、急に大学に梯子を外されるリスクも計算に入れておいた方が良いだろう。
  4. 失敗要因という論点からは若干外れるが、私の活動の根本的な問題として、そもそも大学に来られなくなってしまった学生にはリーチできないという点が挙げられる。これは、「ぼっち問題」で深刻に悩んでいる人ほど大学に行けなくなる傾向とあわせて考えれば、最もリーチすべき人にリーチできないという活動の大きな欠陥を示唆している。この巨大な矛盾については当時から常に意識していたが、私ごときの力ではどうにもできないのが現実であった。

サークラはいかにして上記の問題を克服したか

 私が行った活動とサークラの比較に入る前に、一旦立ち止まって言葉を整理しておきたい。

 私は本稿の冒頭でまず「ぼっち」という言葉を定義したが、これは活動を開始した大学1年時に決めた定義である。ここまでお読み頂いた方はお分かりのように、私は「ぼっち」という言葉に強く拘りつつも、その言葉が示す対象は活動していくうちに拡散し曖昧になっていかざるを得なかった。

 そこで、用語の混乱を避けるため「ぼっち」という語からは一旦離れ、私が活動の対象としてきた人達(ここには私自身も含む)に共通する性質を仮に「A」とし、以下のように定義したい。

 A…「コミュニケーション能力が低い」と周りから認識されている、または自らをそのように認識しているために、対人関係において困難や苦手意識を抱えている。適切な支援や環境無しでは集団に馴染んだり友達を作ったりすることが難しく、孤立しやすい。友達は居ないか非常に少ないと感じており、孤独感を抱え込みやすい。

 前置きが長くなったが、用語を定義したところでいよいよ比較に入りたい。サークラは扱うテーマも活動内容も幅広い多面的なサークルである。しかしここでは私の行った活動と比較するためにサークラを「Aの人を包摂するサークル」としての側面から捉えたい。その上で、サークラが前項で挙げた私の失敗要因4つをどのように克服し得ているのかを見ていきたい。なお、私はサークラの幽霊会員であるため以下の考察が実態と乖離している可能性もあるが、何卒ご容赦願いたい。

  1. サークラにはAの人も多く在籍している。しかし私の活動と違い、Aの人だけを選択的に集めようとしているのではない。「サークルクラッシュ」というテーマに惹かれて集まってくる多様な人達の中にかなりの割合でAの人が混じっており、結果的にサークラがAの人達にとっての居場所にもなっているということに過ぎない。つまりそもそもの設計思想が異なっているのだ。では、集団やコミュニケーションが苦手なAの人が、非Aの人も多いサークラという集団内でうまくやっていけるのは何故なのだろうか。それは非Aの人がAの人のペースに配慮して無理に合わせているからではない。そもそもAの人がサークラ内で劣位に置かれないようにする優れた仕組みをいくつも持っているからだ。まず第一に、サークラ内においてはAを必ずしも負い目に感じる必要はなく、むしろそれは長所に変わりうる。これについてはサークラ会誌三号のべとりん氏の優れた考察をそのまま引用させて頂く*3。 (サークルクラッシュという)『究極の事態すら肯定されている空間ならば、少なくとも、自分の意識としては、自分の言動が人間関係を壊すことを心配する必要はないのだ。また、このようなサークルクラッシュ肯定の空気作りは、本人の自意識の改善にも役立つ。今まで、長期的な人間関係を作るのが苦手で、それが悩みだった人でも、「サークルクラッシュ同好会」という場では、その特徴こそが長所になるのである。それはサークルクラッシュ研究の貴重な資料になるし、サークルクラッシュにも役立つ。その空間が持つ空気(価値観)の影響を受けて、自分に対する捉え方(=自意識)が変わるのである。』 サークルクラッシュという否定的な概念を肯定してみせることで全ての価値観を転倒させ多様な人々を包摂する手つきは見事としか言いようがない。第二に、サークラの例会における活動内容は当事者研究や読書会、即興劇などによって構成されている。私は参加したことが無いので詳しくは分からないが、これらの活動に共通するのは「決まった目的が与えられ、発言の機会もある程度均等になるようにデザインされている」ことだと考えられる。発言すべき内容と機会を与えられることで、雑談が苦手で自分から発言しづらい人もある程度喋れるように配慮されているのだ。第三に、会誌の存在がいわゆる「コミュ力」とは全く別の価値尺度を持ち込んでいる。万が一例会やパーティーにはうまく馴染めなくとも、文章を書くという全く別な方法で承認と居場所を得ることができる。一回も例会に出たことが無い私の文章が会誌に載っていることがその証拠だろう。これら三つの要因がうまく噛み合い、「コミュ力」によって人間が序列化されることがない極めて特殊な空間を生み出しているのではないだろうか。
  2. サークルが存続していくためには、サークルを運営できるだけの「コミュ力」のある人材が不可欠である。私の活動はAの人のみを選択的に対象としていたため、「コミュ力」のある人材を取り込むことができずに終わってしまった。サークラでは「コミュ力」によって人間が序列化されないと書いたが、それは「コミュ力」がある人がいないとか、「コミュ力」が無価値になるということではない。むしろ「コミュ力」がサークラに所属し続けるための「必要条件」ではないからこそ、それを備えた人物は将来的に運営を担える貴重な人的資源として大いに評価されるのではないだろうか。後継者問題は全てのサークルにとって永遠のテーマだが、今年で7年目となるサークラが20年後、30年後も存続している可能性はかなり高いと考える。
  3. サークラの強みは大学に依存していないことである。例えば会誌一号における幸福の科学の信者の方へのインタビューや、会誌五・五号における「自傷家座談会」などは、大学の管理下では絶対に許可が下りない内容だろう。危険や揉め事、宗教・政治組織の関与をいかに未然に排除するかばかり考えていた私とは対照的である。もちろん、サークラのように誰に対してもオープンな組織には、本当に危険な団体・人物が入り込んでくることもあるだろう。揉め事も絶えないかもしれない。だからと言って管理主義的になるのではなく、むしろより自由に、より積極的に外部に対して開いていき風通しを良くすることで、全体としては安全な秩序が保たれるというのがサークラの考え方と言えそうだ。だからこそ多様な人々の居場所たり得ているのだろう。
  4. サークラの活動範囲は大学内にとどまらない。インターネット上やシェアハウスも活動の舞台とすることで、私がリーチできなかった大学に来ない学生にもリーチできる。特にシェアハウスを数多く保有していることは、どの大学の学生支援窓口でも成し得なかった支援の在り方を可能にしていると考えられる。

おわりに―「ぼっちサークル」の今後の展望―

 私の活動も含め、全国の大学に同時多発的に生まれた「ぼっちサークル」の多くが現在休眠状態となっている。「ぼっちサークル」とはもはや可能性の無い、終わったムーブメントなのだろうか。私は全くそうは思わない。現状を打開する鍵は、前出のべとりん氏が提唱する「当事者研究」にあると考える。

 私が活動の中で学んだことは、一口に「ぼっち」と言っても、「ぼっち」になる理由も、性格も、価値観も、コミュニケーション上の困難も、抱える人間関係も、一人として同じ人はいないということである。本当に多種多様な「ぼっち」がいるのだ。その互いの違いについて語り合うだけでも、相当面白い活動になるはずである。「ぼっち」はその言葉のインパクトの強さに比してまだまだ研究の蓄積が進んでいない分野である。つまりそれだけ開拓の余地が残されている。これから全国各地で「ぼっちサークル」が復活し、そこで多くの研究成果が生まれることに大いに期待している。そして大学生活の大部分を「ぼっちの会」に捧げた者として、一人でも多くの「ぼっち」が自らの居場所を見つけられることを願ってやまない。

*1:もっとも、この定義は後々曖昧になっていったのだが。

*2:実際、参加者が宗教の勧誘をし始めた時は大変なことになった。

*3:べとりん, 2014,「Twitterサークルについての考察(サークラ同好会バージョン)」サークラ会誌三号, p.31