ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)です。

700円のクリスマスケーキ

 「うちは寺だからクリスマスは無い。サンタも来ないよ。」と言われて育った。

 そのためだろうか、クリスマスというものを自分の中にうまく位置づけられないまま、気付けば大人になっていた。周りを見渡すと、多くの人々にとってクリスマスというのは一大事であるらしかった。クリスマスまでに恋人を作らなければと必死になる人達。己の幸せさをこれでもかとアピールする人達。「リア充爆発しろ」と借り物のルサンチマンで吹き上がる人達。どこかで聞いたような非モテ自虐ネタばかりの大喜利で盛り上がる人達。私はそれら全てに対して何の感情も持てなかった。寂しさとも違う、全くの無。各々のポジションで楽しそうに踊り続ける人達を横目に見ながら、私の12月24日、25日は毎年何の余韻も残さず足早に通り過ぎて行くのが常だった。

 今年、ふとしたことから、クリスマスの後には余ったケーキが大幅に値引きして売られることがあると知った。私はクリスマスには興味を持てずとも食欲には忠実な人間である。そこでいくつかのスーパーやコンビニを回り「ケーキ割引になってたりしないですか?」と聞いて回った。なかなか見つけることができず諦めかけた時、数軒目のスーパーにそれはあった。苺も乗った生クリームの立派なホールケーキが、700円という嘘みたいな値段で売られていたのだ。

 そのホールケーキは一人で食べるにはあまりに大きかったため、25日と26日の二日に分けて半分ずつ食べた。信じられないほどおいしかった。私はケーキを食べながら考えた。このケーキは本来私の口に入るために作られたのではない。幸せな家族やカップルの口に入るために作られたのだ。それが市場原理のいたずらによって売れ残り、こうして私の元へ格安でやって来たのだった。私はそのケーキに親近感と愛着を覚えた。

 思えば私がこうして格安でおいしいケーキを食べられるのも、クリスマスというイベントがあったからこそなのだ。そう思うと案外クリスマスも悪いものではない。クリスマスや社会のことは何も分からないし、これからもおそらく一生分からないだろうが、こうしてその恩恵に与ることはできる。気まぐれに700円でホールケーキを食べさせてくれることもあるのだ。その時、この世界が急に愛おしく感じられた。そしてこの世界に生きる全ての人達の幸せを心から祈った。

 色々な理由でクリスマスが好きではない人達も、クリスマスを嫌いになる必要は無い。12月24日を何食わぬ顔でやり過ごして、25日の夜になったら急いで半額のホールケーキを買いに走ろう。こういう機会でもなければホールケーキを買うことなどないのだから。そして心ゆくまで味わいつくしたら、少しだけ世界とうまく折り合えるようになっているかもしれない。