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ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)。文春オンラインなどに執筆しているライターです。多くのヘルパーさんのお陰で、一人暮らしも気付けば10年を超えました。

障害者と広告 無料Web媒体から社会問題が消える日

【障害者の日によせて】

 障害が社会との関係の中で生ずるものならば、「社会から存在を忘れられる」「主語となる力を奪われる」といった傾向や困難さも障害の一部と言えるでしょう。従って、障害者週間が一定の注目や発言の機会を生むことの意義は大きく率直にありがたいです。本当であれば、この期間に合わせて色々な企画や配信をしたかったのですが、準備が予想外に大変で1月頃にずれ込みそうです。申し訳ございません。

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 さて本稿では、今私が最も関心のある問題を論じています。拙い殴り書きのようでお恥ずかしい限りですが、今後更に深く勉強したり、これを叩き台に皆様と話したりする中で洗練させていく所存です。

[[摘要]]

・広告の仕組みの変更により、無料Web媒体に(障害者問題含め)社会問題の記事を載せる事はほぼ不可能になるのではないか。

・その懸念が的中した場合、社会問題を巡る言論空間にはどんな悪影響が予想されるか。

 

A ターゲティング広告(特にリターゲティング広告)と固定の広告(コンプレックス広告や怪しいものも含む)のありがたみ

 こうした広告は蛇蝎のように嫌われている。かく言う私自身もこのブログにこれらを表示させないという機能のためだけに、はてブProにお金を払っている。

 しかし文春オンラインのようなウェブマガジンが無料かつ営利事業として成り立つのは、こうした嫌われがちな広告による金銭的な支えがあるからだ。ここで重要な点は、これらの広告やその出稿元は

《PV数にこそ利害があれども、個別の記事の内容には口を出さないし出す動機も薄い》

という寛大さ(無関心)である。

 ところがコンプレックス広告は不快感・人権・コンプラの観点から、リターゲティング広告はプライバシー保護の観点から厳しく規制されていく趨勢となった。Googleは今後2年ほどかけて、サードパーティcookie(サイト閲覧履歴などの情報が格納されたもの)の利用を停止していく代わりに、新技術を開発し何とか広告効果を維持しようと努めている。しかし遥かに少ない情報しか使えない中で、それが具体的にどんな内容になるのか、従来のリターゲティング広告に比べて精度が大幅に落ちるのではないか、といった不安や不透明感が高まっているのは当然である。そこから「個人の情報が減るなら、コンテンツ本体の内容に沿った広告が出るようにしよう」という発想になり、結果的に以下のBのようなものが見直されつつあるのが現状だ。

B コンテクスチュアルターゲティング(記事の内容や文脈に関連する広告を出す)への置換は何を招くか?

 「記事が広告を規定する」「記事に馴染んだ広告が出る」と言えば聞こえは良い。

 しかし実際は逆に、お金を出す広告出稿者の側が記事の内容を規定していくことになるだろう。つまり極論を言えば「車や宝石など高額商材への購買動線となりやすい記事かどうか」が文や書き手の評価軸となってもおかしくない。

 これは障害者問題をはじめとする社会問題の提起とは絶望的に相性が悪いため、そうした記事が無料Web媒体に載ることはかなり減ると思う。私も含め、書き手は今までのPVとの戦いが如何に牧歌的で人間的だったかを思い知ることになる。

 今更ながら、コンプレックス広告やリターゲティング広告は、長年自由な言論空間を支える公共インフラとして機能してきたのだと痛感する。端的に言えば必要悪だったのかもしれない。

C 障害者が主語として立つこと、一人称で障害者問題について忖度なくフラットに語るのは相当困難になるおそれがある。

D 今後、障害・障害者・障害者問題を巡る言説がどうなるか、大まかに5つの空間に分けて考える。

①障害者運動

②アカデミアや専門誌

③リベラル系の新聞

④インフルエンサーが統べるSNS

⑤「北欧、暮らしの道具店」のような読み物風の物販サイト(今後の無料Web媒体の姿)

E 障害者問題を扱うとしたら①〜④だが、各々に弱点がある。

①健常者を啓蒙する以前に若い障害者に十分リーチできてない。

 運動団体というのは原則として「そこに入るか/そこに入らないか」のどちらかしかない類のものであり、否応なく二択を迫られることになる。活動に自覚的にコミットすることが求められるのだ。しかし若い世代にも生活があり忙しい中で「地域のアクの強い年配の運動家から説教されながら引き継ぐ」というのは現実的ではない。また、そこには人間関係や先輩の人柄・独自解釈など余計な物が混じりすぎる。「オルグ」とか「若い奴は障害者としての自覚に欠ける」といった言葉で居丈高に説教するような人もいるし、なかなかの縦社会だなと感じる団体も多く見てきた。もちろんそうした在り様は、かつての時代を生き残り今日の権利を勝ち得るには不可欠で仕方ない面もあっただろう。しかし決して考え方の伝承にプラスではないため、担い手が減っていくのもまた必然である。

②思考を広告枠や市場原理から保護するための聖域

 つまり研究時間や思考の蓄積(ストック)にお墨付きを与え、資本の論理に対抗する価値体系とする。言論、流通、社会における身分証を与え発言権を付与する。そうした役目をアカデミア界隈は担ってきた。 

 しかし学問知も蛇口がなければ市井の人々に流れないし社会を変えることもない。毎日朝から晩まで働く人達(ヘルパーさん、会社員、また障害者も含む)からしてみれば、障害学者が「上から目線で押し付けてくる綺麗事」に反感を持つのは無理もないことだ。考えるための可処分時間を平均より遥かに多く与えられているという特権性は確かにあり、「なんでそんな人らに『正しさ』を説教されないといけないのか」と思う気持ちも分からなくはない。日々障害学に学び、その成果物を広く受け入れられやすい言葉に変換するような営みをしている私にも、時々彼らの言葉が全く頭に入ってこなくなることがある。この人らは健常者で障害を研究しテニュアも飯の種もある。私は障害者だがテニュアも飯の種もない。彼らがどれほど正しいことを言おうと立場を交換してくれる訳じゃないしな、と思うと急に阿呆らしくなるのだった。

③朝日新聞

 かねてより報道部門の赤字を不動産部門の稼ぎで支えているとされる同社だが、そのお金の動きは以下のようにも解釈できる。

 なぜ不動産事業で新聞社が強いのかと突き詰めれば、要は新聞の広告枠を抑えているからだろう。朝日新聞の中に不動産会社があり、見えないお金(出稿料)を報道部門に支払う(=コストセンターが作った負債を肩代わりする)ことによって、新聞に広告を出している。それによって得た競争優位を使って稼いだお金をまた報道部門に還流させる。このように不動産会社と新聞発行が一体となった組織だと考えられる。

 朝日新聞にもそこには忸怩たる思いがあるようで、ポッドキャスト*1でも「いかに(不動産ではなく)記事で稼げるようになるか、NYタイムズのようになるか」といった議論が頻繁に交わされる。全社的に共有された危機意識なのだろう。だが「記事で稼ぐ」となった時、今の朝日や毎日のデジタル並に購読料を安く抑えられるのだろうか。なお「うちは不動産を持っていませんから、記事で稼ぐしかないんです*2」とする日本経済新聞の電子版の購読料は4300円である。本気で「記事で稼ぐ」ならこれくらいは貰わないと割に合わない、ということなのだろう。しかしペイウォール(課金壁)内にある新聞記事のリーチ範囲は、人々が想像するより遥かに狭いことを最近知った。今ですらそうなのであり、購読料を上げれば当然敷居はそこから更に上がる。

 成功例に挙がるNYタイムズデジタルは月17$だ。ライターとしての私はこれを不当に高いとは思わないが、身銭を切る生活者としての私には相当な勇気と覚悟を要求する金額なのも確かだ。

 もちろん日本の全国紙には紙媒体の方で未だ数百万の購読者がいる。だがそのうちの特定の一つの記事(例えば障害者関連の小さな記事)を読む人はごくわずかだろう。加えて、紙の読者層は相対的にネットをしない人が多いため余計に話題が広がりづらい。 

 果たして、安くない金額を払い高級紙を読める人以外は全く障害者問題に触れる機会すら無い社会で本当に良いのか。賛否は別として、その内容を前提(叩き台)にして隣人とコミュニケーションできてはじめて「新聞は社会の公器」と言える。 ②と同じく「『正しさ』は暇で金持ちなインテリの趣味」といった反感が募るのではないか? それは米国でも実際に起こっていることではないだろうか。

④この中では最も個としての発言機会がありそうだが…

 障害者として(少なくとも私は)「障害は社会の側にある」という核の部分は絶対にぶらせない。そこを抜きにして何か意義のある言説を組み立てるのは至難の業だ。しかし社会モデルとマーケティングとは決定的に対立する。パラリンピックや24時間テレビとバリバラとの歴然たる差を見れば、いかに医学モデルの方が受容されやすいかが分かる。直感的に理解しやすいし、指弾より感動を浴びたいと思うのは人の性だからだ。

 マイノリティの運動の本質がマーケティングに侵食されていくことについて、LGBTQなど様々な分野の活動家が度々悔悟している。しかし広告従事者も悪意を持って捻じ曲げたわけではなかろう。広告という生業の性質から考えれば必然的な帰結に思える。

 おそらく障害分野でも、人と広告の中間に位置するようなインフルエンサー的な当事者に限っては、極めて重宝されるだろう。それは強者が勝って生存バイアスで構造を再生産し続ける世界に他ならない。

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⑤では無料Web媒体に障害者問題を載せる必要性は何か?=何故それがないと困るのか?

 フリーライターがリソース面で報道機関に太刀打ちするなど到底無理であり、ストレートニュースの速度を競っても意味が無い。私の主な仕事の一つは、論文や書籍やペイウォール内の記事といった、放っておけば普通は極一部の人の目にしか触れない文章の中に本質的な宝(知や思想や概念)を見出し、それが己の血肉になるまで考えを突き詰めて咀嚼し、当事者性と読みやすさを加えて自分の言葉で何十倍もの読者に伝えることだ*3

 もっとも、元々障害者問題に関心があったり専門にしているような人は却って文春オンラインを読まないかもしれない。実際、京大生の友人に「文春を読むような層とわかり合いたいとは更々思わない」と言われたこともある。

 その一方で、そもそも障害者を書き手として想定してなかったような読者が読んで下さり、驚きや感想を頂くことがある。本来届くはずがない人達に届いたということだ。心底ありがたい。これを可能にしたものこそが、まさに無料Web媒体の持つ本質的な力なのだ。

 私は社会を毎日回してくれている人々と、障害者の存在や直面する課題との接点を作るためにその力を借りた。担当編集者の「色々な当事者に、少なくともメガホンを握る機会は与えるべき」という信条に敬服したのもある。

 自説への賛同や深い理解を迫るのではなく、前提知識が0の人にも素朴に面白く読んでもらえることを目指した。また障害者に嫌悪感を持つ人も大事な読者であり、負の感覚が少しでも緩和されれば嬉しいと思った。また健常者であれ障害者であれ、社会モデル的な考えを頭の片隅に置いておくだけでも、世間と切り結ぶ上で役に立つし挫折した時の生き辛さも和らぐと考えた。

【今後どうする?】

 広告界、学界に次ぐ第三の世界を作る道しか思い付かない。 とにかく「いかに市場原理の外側に出るか」の戦いになる。例えば具体的には、政見放送に出るために選挙に出まくる、とかだろうか? どんな方法であれ、市場のバグを突く力技で人目に触れさせ主張する以上は、今より遥かに敵対的な形にならざるを得ない。一つ間違えれば単に迷惑がられるだけで逆効果になる。いずれにせよ非常に困難な試行錯誤が続くことになるだろう。

 ディストピアを避けるための良案は今のところ無い。

 もっとも昔に比べれば、障害者にも遥かに様々な選択肢やビジネスや恵まれた環境がある。他方で「キャッチーでポップでソーシャルグッドで儲かるっぽい」的な浅い考えの搾取的業者が寄って来る若い年代の障害者にこそ、社会モデルの考え方はより必要になってくる筈だ、とも思う。あるいは「障害の歴史や思想に無縁のビジネス界と障害学をはじめとする学界とを互いに抑制と均衡させ、我々はその果実を手にすれば良いだけだ。」というプラグマティックな考え方も悪くはない。だがいまいち主体性に欠ける気もする。生き馬の目を抜く社会でそう簡単に手綱が握れるなら苦労しないのである。

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 私が好きな言い回しに「問いは開いたままにしておく」という極めて便利なフレーズがあります。それで締めることも一瞬頭を過ぎりましたが流石にそんな無責任なことはできません。冒頭でも少し触れた通り、1月からツイキャスやスペースの配信を始めたい気持ちがあります。詳細は稿を改めますが、その中では真っ先に広告の問題を扱いたいと思っています。そこで改めて本稿の補足や打開策の議論ができれば幸甚です。

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参考にしたサイト

・コンテクスチュアル・ターゲティング(文脈ターゲティング)が、かつてないほど重視される4つの理由 | JP - Criteo.com

https://www.criteo.com/jp/blog/%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%A5%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0/

・サードパーティーCookie廃止の代替案「Privacy SandBox」と新アルゴリズム「FloC」とは何か:プライバシーとオンライン広告の行方は - ITmedia エンタープライズ

https://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/2101/26/news175.html

・コンテクスチュアルターゲティング 提供を開始| お知らせ | 朝日新聞社の会社案内

https://www.asahi.com/corporate/info/1447871

 

*1:趣味と実益を兼ねていつも面白く拝聴している。

*2:https://newspicks.com/news/6153975/body/

*3:念の為誤解がないように付言すると、これは全く新しい文章を生成する作業である。もちろん全ての書き手同様、出典や引用の際にルールを守る事は当然の義務であり、今後も従来どおり行う。