ダブル手帳の障害者読み物

身体障害1級(脳性麻痺)・精神障害3級(発達障害)です。

監視用リスト

 嫌いだった奴が落ちぶれている様をSNSで確認するのが好きだった。

 私はTwitterを立ち上げ、「監視用」と名付けられた非公開リストを開く。そこには嫌いだった奴らのアカウントがぎっちりと詰め込まれている。私のことを散々見下し、コケにしてきた奴ら。特別なITスキルを持たなくとも、情報の断片からいくらでもアカウントは特定できる。あとはフォローフォロワーを辿れば芋づる式である。Twitterには負の感情がそのまま書き込まれている。それが私をハイにさせる。就活で失敗し続け自暴自棄になっている者。友達を全て失い、ひたすら学歴自慢だけをしている者。ネトウヨになってbotみたいな呟きしかできなくなった者。大口を叩いて人を見下しておきながら会社で精神を病んでしまった者。おいおい、てめえらなんだその様は。昔は散々こっちのことを馬鹿にしてくれたよなあ。舐めやがってよ。その結果がこれか?本当にしょうもねえなお前ら。あの時の勢いはどうしたんだよ。ざまあみろ、バーカ。

 私はこの暗い趣味を半年に一回くらいやっていた。ある時、いつものように監視用リストを眺めていた。嫌いだった奴らの状況は、年を追うごとに厳しくなっているようだった。20代半ばに差し掛かり、皆人生という巨大な何かに押し潰されそうになっていた。その圧力からは誰も逃れられないようだった。そして私もそれは同じなのだった。この時、私の中に愉悦の感情が全く現れないことに気付いた。おかしい。嫌いだった奴らがこんなに苦しんでいるんだぞ。狂喜乱舞せねば嘘ではないか。私は慌てて憎しみを呼び覚まそうとして、奴らにコケにされた場面の数々を記憶から掘り起こした。しかしそれはどこか遠い世界のことのように感じられた。奴らの顔も、大学の教室も、それを取り巻く空気も、靄がかかったように曖昧ではっきりと思い出せない。私はすがるような思いでFacebookを開く。憎むべき奴らの名前を一人一人打ち込む。顔写真が次々に出てくる。私はそれを睨みつけてみる。だがそれでもやはり、何の感情も湧いては来なかった。ごく普通の人間達が当たり前にそこにいるだけだった。

 私は再びTwitterに戻った。そしてリストから「監視用」を選択し、一瞬だけ逡巡した後、削除ボタンを押した。

 窓からは朝陽が射し込み始めていた。仕事に行く支度をしなければならない。洗面台に向かい、顔を洗い、歯を磨く。彼らもきっとそうであるように。